【東大生が語る】ロシア語のすゝめ【第二外国語】

地方高校生に、追い風を

↑ 実際に使っていたロシア語のノートなど

はじめに

東大生は全員、1年生のときに必修科目として第二外国語を勉強します。

第二外国語と聞いて、みなさんが主にイメージするのは、ドイツ語やフランス語、中国語などではないでしょうか。

しかし、東大ではそれらのメジャーな言語だけでなく、あまり馴染みのないような言語も学習できます。その1つがロシア語です。

ロシア語は、ロシア連邦はもちろん、ウクライナやカザフスタンなど、旧ソ連の国々で使われる言語です。
実は2億人以上の人々が使用しているユーラシア大陸の一大共通語なのですが、日本では「なんだかよく分からない謎の言語」という扱いを受けがちです。

そこで本記事では、少しでも多くの人に「ロシア語って面白そう」と思ってもらうために、東大でロシア語を1年半学んできた私が、

  1. 私がロシア語を選んだ理由
  2. 東大のロシア語
  3. ロシア語超入門

の3点について語り尽くしていきます!

私がロシア語を選んだ理由

文学と音楽に魅せられて

私が第二外国語としてロシア語を選んだのには、いくつか理由があります。

まず、私は元々ロシアの文学と音楽が好きでした

たとえば、ロシア文学だったらドストエフスキーやチェーホフ、クラシック音楽であればボロディンやショスタコーヴィチ。

しかし、これだけがロシア語選択の決め手になったわけではありません。

母の無念

2つ目の理由。それは母の無念です。

私の母は、大学生時代、第二外国語としてロシア語を学ぶことを切望していました。しかし、必修科目との兼ね合いで履修が叶わず、泣く泣くドイツ語を取ることになったのです。

なので、私が「東大ではロシア語をやろうと思う」と母に告げたときには「私の無念を晴らしてくれ」という、敵討ちの頼みのような励ましの言葉をかけられました。

 『プラネテス』との出会い

3つ目の理由。それは幸村誠の漫画『プラネテス』です。

この漫画は、宇宙ゴミの回収業者を主人公として、宇宙のロマン、運命の非情さ、そしてそれらに魅了、翻弄される人間の営為を瑞々しく描き切った宇宙SF作品です。全4巻という短さが信じられないほどに密度が濃く、2004年にはNHKでアニメ化されています。

その『プラネテス』が、なぜロシア語と繋がるのでしょうか? 実は、『プラネテス』には台詞がロシア語で書かれているシーンが1箇所だけ存在しているのです。

その台詞は以下の通りです。

Вы господин Хосино, не так ли?
Я слышала о Вас от моего сына. Я мать Леонова.
Знаю, что Вы несли на себе моего сына.
Что бы с ним стадо, не окажись там Вас.
Спасибо. Большое Вам спасибо. Спасибо.

この台詞は、ロシア語が分からない読者でも前後の文脈から大体の意味が推測できるように配置されています。

私が『プラネテス』を購入したのは高1の夏です。当時の私はロシア語が読めなかったので、上記の台詞を(文脈から意味が推測できるとは言え)単なる謎の文字の羅列として認識していました。

意味がきちんと取れるようになったのは、それから数年後、もはや『プラネテス』にロシア語の台詞が出てきたことすら忘れ、東大でロシア語を学び始めてから半年が経った頃のことでした。

大好きな作品の中で、それが何なのか理解し切れないままに置き去りにしてきた異国の文字列は、語学を通して、いつの間にか理解可能な「言葉」に変わっていました。そのことに気付いたとき、私は感じたのです。まるで心の奥の窓が開いて風が差し込んでくるような、自分の目に映る世界が広がっていくような喜びを。

おそらく、『プラネテス』との出会いそのものがロシア語学習のきっかけになったということではないのでしょう。しかしこの出会いは、それがあまりにも劇的であるがゆえに、「自分がロシア語学習者となることはこの頃から既に決まっていたのだ」という信念を私に与え続けているのです。

東大のロシア語

ロシア語クラス

東大の前期課程では、科類と第二外国語によってクラスが分けられます。たとえば、1年生がサークル内で自己紹介をするとき、「理科一類ドイツ語20組の○○です」のように言うのです。

当然、ロシア語のクラスも存在します。私の学年のロシア語選択者は文系が約50人、理系が約70人です。東大生全体に占める割合はわずか4%です。

だからこそなのか、東大のロシア語選択者は非常に結束力の強いコミュニティを形成しています

たとえば、理系ロシア語選択者のコミュニティは「理ロシ」と呼ばれており、五月祭や駒場祭など、クラス単位で参加することの多いイベントにも、理ロシ全体でまとまって参加します。

また、駒場キャンパスの一角には伝統的なロシア語選択者の溜まり場があり、休み時間の居場所や話し相手に困ることもありません。余談ですが、理系の溜まり場は「ロシア領」、文系の溜まり場は「ソ連領」と呼ばれています。

このように、東大のロシア語クラスでは、少人数ながらも比較的密な交流が生まれているのです。

このようなロシア語選択者のコミュニティに、独特の雰囲気を感じ取る人もいます。

私からすると、 東大のロシア語選択者には、好奇心が旺盛で、学問、趣味、部活、サークルなど、確固とした自分のやりたいことを持っている人が多い印象です。また、なぜかTwitter利用者、クラシック音楽好き、地学好き、歴史好きの理系が多い気がします。

マイノリティの言語であるロシア語をわざわざ選ぶだけあって、自分の興味関心や展望のためなら少数派になる事を厭わないような人ばかりです。

「ロシア語選択者には変な人が多い」と言う人もいますが、このような仲間の知性や個性、情熱に触れることは、自分の大学生活を豊かに彩るような素敵な刺激を与えてくれるはずです。

ロシア語TLP

東大の教養学部前期課程には、TLP(トライリンガル・プログラム)という、第二外国語をさらに集中的に学ぶためのプログラムが存在します。

TLPでは、通常よりも週3コマ多く第二外国語の授業を受けることになります。負担は重いですが、その分、ネイティブの先生を含む超一流の講師陣、優秀かつ勉強熱心な同期、会話や作文などを練習する実践的な授業など、これ以上無いほどに恵まれた環境で第二外国語の運用能力を総合的に高めることができます。

せっかくならば第二外国語をものにしたい」という方にはおすすめのプログラムと言えるでしょう。

私は、1年生の春から2年生の夏までロシア語TLPを履修していました。

私のときには学生数が15人弱、文理比が2:1で、文系も理系もみんな一緒に同じ授業を受けていました。先生が一人ひとりの作文や発音を確認・修正してくれたり、学生同士でペアを作って会話の練習をしたり、少人数授業であることを活かした授業が多かったです。

先生や他の学生との距離が近く、とても温かい雰囲気だったのが印象的でした。

ロシア語の授業

東大のロシア語教育カリキュラムには、入学後に初めてロシア語を学ぶ学生を対象とする「初修ロシア語」と、大学入学までにロシア語の基礎を一通りマスターしている学生を対象とする「既修ロシア語」があります。

このうち「既修ロシア語」を選ぶのは毎年学年に1人いるかいないかくらいで、大多数の学生は「初修ロシア語」を履修します。

「初修ロシア語」の授業には以下の3種類があります。

(1)全員が必修科目として受ける授業
具体的には「ロシア語一列」「ロシア語二列」です。この2つは、日本人の先生がロシア語の基本文法を網羅的に教える授業です。

(2) やる気のある人が自由に取れる授業
「ロシア語インテンシヴ(一般)」「ロシア語演習(一般)」「ロシア語作文」「ロシア語会話」など、多くの種類があります。授業によってはネイティブの先生が教えることもあります。

(3) ロシア語TLP生専用の授業
「ロシア語インテンシヴ(TLP)」「ロシア語演習(TLP)」などです。このレベルになると、一部の授業ではネイティブの先生がロシア語でロシア語を教えるようになります。
「初修」という名前ではありますが、やろうと思えばいくらでもハイレベルな学びを堪能できます。

ロシア語超入門

実は身近なロシア語  

ロシア語は、英語やフランス語などと比べると、どうしても私たちにとって縁遠く、難しいもののように感じられがちです。

たとえば、「こんにちは」1つ取っても、英語は"Hello.(ハロー)", フランス語は"Bonjour.(ボンジュール)", ロシア語は"Здравствуйте! (ズドゥラーストヴィーチェ)"です。長さも発音しにくさも段違いですね。

あいさつですらここまで大変なんだから、ロシア語はさぞかしとっつきにくい言語なんだろうな……と思う人も多いでしょう。

しかし、実はロシア語の中には、日本で私たちがごく自然に使っている言葉も多く含まれています。

たとえば、「イクラ」「ノルマ」「ピロシキ」「ウォッカ」。実はこれらは全てロシア語由来の外来語なのです。これらはそれぞれикра (イクラー)、норма (ノールマ)、пирожки (ピラシキー)、водка (ヴォートカ)というロシア語から来ています。

このように、日本語の中にもロシア語が存在していて、身近なところで使われていると思うと、少し親近感が湧いてきませんか?

ロシア語の文字  

ロシア語では、以下のようなロシア語固有のアルファベットを使います。

このアルファベットは、「キリル文字」という、スラヴ圏で広く使われる文字体系の一種で、私たちが慣れ親しんでいる「ラテン文字」(英語などで使われているアルファベット)とは異なる種類の文字体系です。

そのため、ロシア語学習は、上記の33文字を順番も含めて正確に覚えることから始まります。

英語のアルファベットでも見かけるような文字(例:A、B )があったり、 それらを裏返したような文字(例:И、Я )や少し変形させたような文字(例:Ё、У )があったり、何やら不思議な印象を受けますね。ひょっとすると、Д や Щ などの文字は絵文字で見かけたことがあるかもしれません。

ロシア語のアルファベットは、英語のアルファベットに比べ、文字と発音との対応が極めてシステマティックです。したがって、 発音の種類ごとに整理して覚えていけば、33文字全てを頭に叩き込むことはさほど難しくなく、 単語のスペリングもローマ字のように発音通りに書けば良いものが多いです。

慣れないうちは少しとっつきにくいですが、実際に触れてみると簡潔かつ体系的に整えられた美しさを持っており、苦労して覚えるだけの甲斐はあるロシア語のアルファベットは、まさしくそのような文字体系なのです。

おわりに

貴重な時間を割いて私の文章をここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
「もっと知りたい!」という方は、『ろしあごであそぼ』を参照してみてください。

これは、私が別のところで執筆したブログ記事で、ロシアやロシア語の魅力、理ロシの魅力を発信するべく最大限のことを書いた自信作です。

本記事では書き切れなかったエピソードも盛り込んでいるので、興味のある方はぜひ覗いてみましょう!

この記事がきっかけで、ロシア語を学ぼうとする人が少しでも増えますように。

あなたの学びと将来が、少しでも豊かなものとなりますように。

もうすぐ東大教養学部前期課程のロシア語を、ロシア語TLPを巣立つ者として、あなたのロシア語への門出を、心の底から応援しています!