【勉強も、それ以外も!】理想の高校生活を求めて【合格体験記】

地方高校生に、追い風を

東大生はみんな受験時代勉強漬けだったのでしょうか?

結論から言うと、そんなことはありません。一生に一度の高校生活です。しっかりと満喫していきましょう!
この記事では、勉強と他の活動を両立させながら現役合格を果たした先輩の体験をご紹介します。


はじめに

「東大に合格するためには、勉強ばかりの生活を送らないといけない」
このようなイメージを持っている方は、みなさんの中にも多いのではないでしょうか?

私は、勉強を常に取り入れつつも、「勉強ばかりではない高校生活」を送ってきました。
というのも、自分のやりたいことを諦めたくなかった私にとって、それが理想的な高校生活だったからです。

この記事では、結果的に東大に合格できた私が、実際にどのような高校生活を送っていたかを紹介します。

もちろん、東大合格の一番の近道が勉強なのは大前提であり、私の高校生活は模範的とはいえないかもしれませんが、「こんな過ごし方もできるんだな」くらいの気持ちで読んでいただければと思います。

(今回の記事では、具体的な勉強法にはあまり触れていません。東大生の勉強法が気になる方は、各教科の勉強法の記事をご覧ください。)


1年生

がむしゃらに勉強していた入学当初

地方の公立中学から県内トップレベルの高校に進学した私は、入学当初は同級生との実力の差を感じ、不安しかありませんでした。
中学時代の成績は上位だったので、入学直後のテストで校内順位が100位以下だったときは、周りのレベルの高さも分かっていたつもりでしたが、やはりショックを受けました。

そんな中、地元中学とは比べ物にならない量の課題が出され、予習も必須となり、必死に勉強する日々が続きました。
「ちゃんとやらなきゃ」という気持ちが、自分を体力的にも精神的にも追い込んでいました。学校があれほど嫌になったのは1年生のこの時期くらいです。

しかし、同級生とよく話すようになると、悩んでいるのが自分だけではないことに気づき、少しずつ気持ちが楽になっていきました。

「勉強以外もやっていい」ことへの気づき

入学してしばらく経った頃、私は小学4年生から始めた卓球を高校でも続けるために、卓球部への所属を決めました。

週6回の活動によって勉強が疎かになるのではという不安もありましたが、卓球を続けたい気持ちは、それ以上に強いものでした。
また、勉強以外のことに熱中できる部活動の時間は、自分にとっての気分転換にもなっていたように思います。

入部後は、勉強にかける時間を確保するために、時間の使い方への意識が高まりました。

たとえば、片道1時間かかる通学時間は、電車で単語帳を開いたり、一緒に登校する友達と世界史の問題を出し合ったりして勉強時間に変えました。授業間の休み時間もほぼ勉強にあてました。

こうした勉強時間の生み出し方を学んでから、勉強以外のことも十分やれるのだと気づきました。やりたいことが多い自分には、勉強をやりつつ他のことも楽しむというスタイルが合っていたのだと思います。

部活動や行事など、勉強以外の活動を通して友人も増え、高校生活が楽しめるようになっていきました。


2年生

学習習慣の確立

2年生になり高校生活に慣れてくると、自分の生活リズムに合わせた学習習慣が確立し、1年生の時よりも効率的に学習できるようになりました。

具体的には、私は夜が苦手だったので学習塾には通わず、早起きをして課題や予習に取り組むようにしました。
そのため、起床後は5時半まで、朝食後は6時半まで、登校後は8時半までというように、朝の勉強時間は固定化され、習慣的に勉強をするようになりました。

また、学習計画は細かく立てたいタイプだったので、テキストを1日何ページ進めれば期限通りに課題が終わるか計算し、部活などの忙しさも考慮しながら、その日のノルマを定めていました。
そのおかげで、自分の学習の進み具合を把握しやすく、ある程度自己管理ができていたように思います。

東大に憧れをもった夏

私が東大を目指すようになったきっかけは、2年生の夏に行われた大学探訪です。

東京を訪れ、東大在学中の母校OB・OGの方々とお話をし、「東大生」に漠然とした憧れを持つようになりました

数学や物理が苦手だった私は、文系を選択したことで成績が少しずつ上がり始めてはいましたが、当時はまだ東大を目指せるほどの実力も自信もありませんでした。

ただ、目標は高いほうがいいかなと思い、この頃から模試の第一志望欄に東京大学と書くようになりました。

部活動を通して気づいた精神面の弱さ

他方、部活動では、後輩が入部して練習がますます楽しくなり、先輩方が引退して女子部のキャプテンになったので、試合で勝ちたい気持ちも強くなっていました。

そんな矢先、秋の大会でふと「失敗しそう」と思った直後、うまくボールが打てなくなってしまいました
しかも1回だけではなく、その後の練習でも同じ調子でした。

急に下手になるとは考えにくいので、きっと精神的な問題だったのでしょう。
実力を発揮できないつらさ、キャプテンの重圧、今後の不安などが重なって、気持ちの整理をつけることはかなり難しかったです。

思わぬ形で精神面の弱さに気づくこととなりましたが、周りの人に励まされながらその弱さに向き合い、元通りではないもののある程度改善することはできました。

色々と試した上で効果があったように感じたのは、自分にとっての「お守り」を身につけることでした。

大会では、友人からの応援の手紙や、自分を鼓舞する言葉を書いたメモをポケットに入れて、「大丈夫、大丈夫」と唱えることにしたのです。
不思議なもので、それだけでも気持ちを少しは落ち着けられるようになりました。

今でも、「あの出来事がなければもっと楽しめたのに」と思うこともありますが、プレッシャーがより大きいであろう入試を迎える前に精神面の弱さに向き合えたことは、自分にとって大きかったと思います。


3年生

高校生活最後の行事を全力で楽しむ

学年が上がり、ついに受験生となりましたが、一生に一度の高校生活を友人たちと一緒に楽しみたかった私は、高校生活最後の行事へ積極的に関わることに決めます。

特に、最も大きな学校行事である9月の体育大会では、応援関係のリーダーとして夏休み前から準備を重ねました。

受験生の夏休みに勉強以外のことに熱中するのはリスクを伴う選択であり、実際に活動期間中は勉強が身に入らないことも多くて焦りや不安もありましたが、高校生の間にしかできないような貴重な経験ができました。

また、行事を通してますます友人たちとの距離が縮まり、どんなに疲れていても友人と話すだけで元気をもらっていました。

勉強の遅れを感じつつ受験モードに突入

全ての行事を終えたのは10月末で、そこから一気に受験モードへと切り替えました

勉強以外にもエネルギーを注いだ分、周りの受験生から遅れをとっていたことは事実なので、巻き返しのために時間を見つけてはとにかく勉強をしていました

各教科の課題を克服すべく、教科担当の先生方に添削をお願いし、自分の苦手分野と正面から向き合いました。

しかし、特に苦手意識の強かった数学が足を引っ張り、模試でもB以上の判定はほとんど取れず、過去問を解いてもなかなか目標点に届かなかったので、入試が近づくにつれて不安が増していきました。

受験期の心の支え

不安に苛まれていた受験期は、周りの人からの支えのありがたみを強く感じていた時期でもあります。

担任の先生は、たとえ模試の判定が悪くても、どこを改善したら良いか指摘した上で、大丈夫という言葉をかけてくれました。

地元の大学に進学してほしそうだった家族も、努力を認め、「あんたは運のいい子だから」と言い続けて応援してくれました。

友人も、私が不安な気持ちを口にしたら励ましてくれる人たちばかりでした。

そうした励ましが私にとっての救いになり、東大への受験を決めたのは自分なのだから頑張ろうという気持ちを強くさせてくれました。

入試当日から合格発表まで

ついに迎えた東大入試当日は、緊張と不安でいっぱいでしたが、お守りたちをリュックに入れ、頑張ってきた自分を信じるしかないと思いながら会場に向かいました。

試験開始直前に見返す用のノートには、自分が間違えやすいところを厳選して書いただけではなく、緊張することを見越して自分を励ます言葉も最初のページに添えていました。

直前に最初のページを見返して、いつものごとく「大丈夫、大丈夫」と唱えていたのを今も覚えています。

自分を信じて挑んだ1日目でしたが、最も心配していた数学で思うように問題が解けず、2日目が残っているのにホテルで一人落ち込んでいました。

なんとか立て直して2日目を乗り切りましたが、合格点に届いているとは思えず、合格発表が怖くて仕方ありませんでした。

だからこそ、合格者の中に自分の受験番号があったときは、喜びと驚きと安堵が入り混じって涙が止まりませんでした。自分の努力を心から認めることができたのも、このときでした。


おわりに

以上が私の送った「勉強ばかりではない高校生活」です。いかがだったでしょうか?

勉強以外にもエネルギーを注いだ分、受験の面で周りよりも出遅れたことは否めませんし、勉強に集中していれば入試にも自信を持って挑めたのかもしれません。

しかし、高校時代に妥協せずやりたいことに取り組んだのは、自分にとって正解だったと思っています。

なぜなら、それが理想の高校生活だったから、そして、部活動や行事を通して、精神面の弱さへの向き合い方を学び、お互いに励まし合える友人関係を築けたように、やりたいことを追い求めた結果得られたものも多くあったからです。

もちろん、全てを追い求めるのは現実的には難しく、多少の取捨選択も必要ではありますが、できないと思いこんで、やりたいことを諦めてしまうのは勿体無いのではないかと私は思います。

多少のリスクが伴うことを理解し、それなりの覚悟をもった上で、やりたいことを追求してみても良いのではないでしょうか。

この記事を最後まで読んでくださったみなさんには、自分は何をやりたくて、どんな高校生活を送りたいのか、ぜひ一度立ち止まって考えてみてほしいです。

みなさんが、自分にとって「これが正解だ」と思えるような高校生活を送れることを祈っています。